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    プレスリリース

    高分子化合物による細胞の凍結保護効果の機序を解明-再生組織などの長期保存技術の開発に貢獻-

    logo_jaist.png logo_riken2.png 北陸先端科學技術大學院大學
    理化學研究所

    高分子化合物による細胞の凍結保護効果の機序を解明
    -再生組織などの長期保存技術の開発に貢獻-

    ポイント

    • 高分子化合物による細胞の凍結保護効果の機序の一端を解明。
    • 細胞凍結保護効果を説明するため初めて固體NMRの手法を応用し、細胞の脫水制御に伴う細胞內氷晶抑制効果を説明した。
    • この手法を利用することで、新しい効果的な凍結保護物質の分子設計が可能となり、再生醫療分野などへの応用が期待できる。
     北陸先端科學技術大學院大學(學長?寺野稔、石川県能美市)先端科學技術研究科物質化學領域 松村和明教授ラジャン?ロビン助教、理化學研究所放射光科學研究センターNMR先端応用?外部共用チーム 林文晶上級研究員、長島敏雄上級研究員らの研究グループは、高分子化合物による細胞の凍結過程における保護作用機序を明らかにした。
     本研究成果は、細胞への毒性や分化への影響が低い凍結保護高分子の設計指針を明らかとすることで、再生醫療分野で必要とされる幹細胞や再生組織などの効率的な凍結保存技術の開発に貢獻することが期待できる。

     本研究成果は、Springer Nature発行の科學雑誌「Communications Materials」誌に2021年2月9日オンライン版で公開された。なお、本研究は日本學術振興會科研費、キヤノン財団、文部科學省大學連攜バイオバックアッププロジェクト、文部科學省先端研究施設共用促進事業の支援を受けて行われた。

    【研究の背景】

     醫學生物學研究に必要な細胞は、細胞バンクなどから凍結狀態で入手できる。細胞の凍結保存技術自體は1950年代に確立されており、おもにジメチルスルホキシド(DMSO)[*注1]が保護物質として細胞懸濁液に添加され、液體窒素溫度にて凍結保存されている。一般的な樹立細胞などは既存の保存技術で問題なく保存可能な細胞が多いが、受精卵などの生殖細胞、ES細胞やiPS細胞[*注2]などの特殊な幹細胞などの中には凍結保存が困難なものが多く、効率的な保存技術の開発が望まれている。また、汎用保護剤であるDMSOは毒性があり、分化[*注3]への影響もあることから再生醫療分野では代替の物質の開発が望まれているが、この半世紀ほどは新しい凍結保護物質の報告はほとんど見られなかった。高分子系の保護物質は細胞膜を容易には透過しないため、細胞への毒性や分化への影響を低くすることが可能である一方、細胞外から凍結保護を行うということから開発は困難とされてきた。2009年に松村らが両性電解質高分子[*注4]による凍結保護作用を発表し[1]、その後、多くの細胞種で凍結保護効果が確認されてきた。また、急速に凍結することで細胞內外の水の結晶化を抑制するガラス化保存技術[*注5]にも両性電解質高分子が利用され、受精卵や胚[2]や軟骨細胞シート[3]、スフェロイド[*注6] [4]などの保存に成功した。また、高分子化合物による凍結保護物質の報告は世界中で近年になって非常に多く行われており、多くの分野での応用が期待されている。しかしながら、その具體的なメカニズムはわかっていない。

    【研究成果と手法】

     これまでDMSOなどの低分子による細胞膜透過性の凍結保護物質については、細胞內の水の結晶化を抑制することが主な機序として報告されてきている。しかし、高分子凍結保護剤の細胞外からの保護作用の機序は詳細にはわかっておらず、最近の論文では細胞外の氷の結晶(氷晶)の成長抑制作用と説明されている。確かに氷晶は物理的に細胞を破壊するため、その抑制が重要であることは間違いがないが、一方で、細胞內に大きな氷晶が形成されることは、細胞內小器官の破壊を伴う致命的なダメージを與えるとされているため、細胞內氷晶の形成が抑制されていることが考えられる。細胞內氷晶の形成については、一般的には顕微鏡などで観察されるが、凍結時の細胞內の現象を正確に捉えることが難しいため、はっきりしたことは分からない狀況であった。
     研究グループらは、両性電解質高分子溶液の凍結保護の分子メカニズムを調べるため、固體NMR[*注7]の手法を初めて応用し、凍結保護という複雑かつ多面的な現象の特徴を塩や水、高分子の運動と狀態からの視點で解き明かすことに成功した。
     両性電解質高分子であるカルボキシル基導入ポリリジン(PLL-(0.65) (図1))溶液、比較対象として、凍結保護効果の高いDMSO溶液、凍結保護効果のあまり見られないアルブミン(BSA)溶液、ポリエチレングリコール(PEG)溶液、保護効果のない生理的食塩水について、0℃から-41℃までの水分子および塩(イオン)の運動性を固體NMR測定により評価した。その結果、低溫時の水の運動性がPLL-(0.65)溶液において他の溶液に比べ顕著に抑制され粘性が上昇することがわかった(図2)。凍結條件下では、この粘性の高いポリマー溶液が細胞の周辺を取り囲むことにより、細胞內への氷晶の侵入による細胞內氷晶形成を抑制していることが示唆される。また、PLL-(0.65)溶液中では高分子鎖にNaイオンがトラップされ、低溫域でのNaイオンの運動性が低下していることも確認された(図3)。これにより、浸透圧に寄與するNaイオンの濃度がPLL(0.65)溶液において低下し、急激な脫水を抑制し、溫和な條件でかつ十分に細胞內を脫水できる最適條件を達成していることが細胞內氷晶の形成の抑制を示唆する結果となった。これらの機序を図4に模式図として表す。低溫時に高分子が塩や水を包含した會合體を形成し、それらの運動性が低下することで溫和な條件でかつ十分に脫水が起こると共に、細胞外溶液の粘性の上昇に伴う細胞外氷晶の成長も抑えられ、結果的に細胞內氷晶の形成が抑制されることが細胞の凍結保護を可能としていることが考えられる。この機序は細胞內に浸透する既存の凍結保護剤と異なることから、新たな機序に基づく凍結保護剤の開発につながる研究成果である。

    【今後の展開】

     固體NMR測定により高分子や塩、水の分子運動の観點から細胞凍結保護高分子の新規機序について考察することが可能となった。この手法により効果の高い凍結保護剤の設計指針が得られることが期待される。また、細胞だけでなく、再生組織などの2次元3次元の生體組織などの効率的な保存法、保存剤の開発に役立つことが期待できる。

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    図1 本研究で使用した両性電解質高分子であるカルボキシル化ポリリジンの構造。PLL-(0.65)は、コハク酸付加部位(m)が65%であるものを示す。

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    図2 1H NMRの水のピーク幅の溫度依存性。PLL-(0.65)に顕著な広幅化が見られ、低溫での粘性の急上昇が確認された。

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    図3 a) 23Na NMRのピーク面積から、各溶液中の凍結下、氷と共存する溶液狀態にあるNaイオンの量を評価した。凍結下のPLL-(0.65)溶液において、溶液として振舞うNaイオンの量が低下した。b)Naイオン量から系中のNaCl濃度を計算した結果。PLL-(0.65)溶液中のNaCl濃度は溫度低下と共に速やかに上昇し、低溫下で緩やかに下降する。これは速やかかつ適度な細胞の脫水による細胞內氷晶形成の抑制を示唆している。

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    図4 PLL-(0.65)溶液による細胞の凍結保護効果の模式図。低溫凍結下、1) 高分子が高い粘性を持つ會合體(マトリックス)を形成することで、細胞外からの氷核の流入を阻止し、2) 塩や水をマトリクス內にトラップすることにより、凍結後の脫水を溫和な條件で制御するという2つの効果で細胞內の氷晶形成を抑制している。また、マトリックス形成による粘度上昇は、氷晶が細胞膜を刺激する事による細胞內氷晶形成も抑制していることが示唆された。

    【參考文獻】

    [1] Matsumura K, Hyon SH, Polyampholytes as low toxic efficient cryoprotective agents with antifreeze protein properties. Biomaterials 30, 4842-4849 (2009)
    [2] Kawasaki Y, Kohaya N, Shibao Y, Suyama A, Kageyama A, Fujiwara K, Kamoshita M, Matsumura K, Hyon S-H, Ito J, Kashiwazaki N. Carboxylated ε-poly-L-lysine, a cryoprotective agent, is an effective partner of ethylene glycol for the vitrification of embryos at various preimplantation stages. Cryobiology, 97, 245-249 (2020)
    [3] Hayashi A, Maehara M, Uchikura A, Matsunari H, MatsumuraK, Hyon SH, Sato M, Nagashima H. Development of an efficient vitrification method for chondrocyte sheets for clinical application. Regenerative Therapy, 14, 215-221 (2020)
    [4] Matsumura K, Hatakeyama S, Naka T, Ueda H, Rajan R, Tanaka D, Hyon SH. Molecular design of polyampholytes for vitrification-induced preservation of three-dimensional cell constructs without using liquid nitrogen. Biomacromolecules, 21, 3017-3025 (2020)

    【用語解説】

    注1 ジメチルスルホキシド(DMSO)
     分子式C2H6SOの有機溶媒の一種。実験室レベルから工業的規模に至るまで広く溶媒として使用される他、10%程度の溶液は細胞の凍結保存として使用されている。
    注2 ES細胞やiPS細胞
     多能性幹細胞の一種。ES細胞は胚性幹細胞、iPS細胞は人工多能性幹細胞の略である。生體外にて、理論上ほぼすべての組織に分化する分化多能性を保ちつつ、ほぼ無限に増殖させることができるため、有力な萬能細胞の一つとして再生醫療への応用が期待されている。現在はDMSOを使用した保存液で保存されているが、DMSOの分化への影響が危懼される。
    注3 分化
     多細胞生物において、個々の細胞が構造機能的に変化すること。
    注4 両性電解質高分子
     一分子中にプラスとマイナスの電荷を共にもつ高分子化合物。
    注5 ガラス化保存技術
     受精卵などの保存によく用いられている超低溫保存の一つ。凍結時においても氷の結晶を形成しにくい溶質濃度の高いガラス化液を用い、保存した細胞が氷による物理的傷害を受けにくい。
    注6 スフェロイド
     三次元的な細胞のコロニーで、再生醫療の組織形成のビルディングブロックとして期待されている。
    注7 固體NMR
     固體NMRとは固體試料を観測対象とした核磁気共鳴 (NMR) 分光法で、方向依存的な異方性相互作用の存在のため共鳴線の線幅が広いのが特徴である。通常、共鳴線の先鋭化のため、試料を靜磁場に対してマジック角(54.7°)傾けて、超高速で回転(MAS:Magic Angle Spinning)させて測定を行う。本研究では、溫度制御裝置を備え付けた固體MAS検出器により、プロトンとナトリウムの核磁気共鳴スペクトルを測定し、低溫時の水やNaイオン、高分子の運動性について議論した。

    【論文情報】

    掲載誌 Communications Materials(Springer Nature)
    論文題目 Molecular mechanisms of cell cryopreservation with polyampholytes studied by solid-state NMR
    著者 Kazuaki Matsumura, Fumiaki Hayashi, Toshio Nagashima, Robin Rajan,Suong-Hyu Hyon
    掲載日 2021年2月9日10時(英國時間)にオンライン版に掲載
    DOI 10.1038/s43246-021-00118-1

    令和3年2月9日

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